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ーー逸はこのところ忙しかった。
二人の勤め先が二号店を出店することになり、当然篠崎はそちらの開店準備に掛かりきりになる。
できればもう一人現役の従業員を引っ張りたいが戦力の偏りを考えると敬吾は動かせない、力仕事もあるーーということで白羽の矢が立ったのが逸だった。
帰りはかなり遅く、下手をしたら敬吾が寝た後になるし朝はいつの間にか出掛けている。
敬吾を起こすまいとしてか部屋を訪ねてこないこともあるし、最後にきちんと顔を合わせたのはいつだっただろうか。
会話と言えば逸の手が空いた時に先程のような短い事務的な電話がある程度だ。
下手に甘いことや弱音を言ってしまえば歯止めが利かなくなると思っているのだろうと想像はつくがーー
ーーこんな時まで、人の飯の心配などしなくてもいいものを。
コップの埃を拭きながら敬吾が小さく溜め息をつく。
何かできることがあればしてやりたいとは思うのだがーー、
どうも自分は気配りが下手だ。
これで立場が逆ならば、逸なら恐らく上手くやる。
簡単にでも食事を用意しておくとか、なんでもない顔をして起きて待っているとか。
それがどうも大仰になってしまう。
かえって気を使わせる、どころかありがた迷惑にすらなりかねない。
(言えばいいのにな……あいつも何か)
(肩揉めとかー、買い出ししとけとかー、食いたいもんとか……作れねえけど)
それなら過不足なく手を貸せるのに。
最後のコップを拭き終わり、軽く在庫をチェックして時計を見ると丁度上がり時間だった。
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