逃亡、降伏

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「うぉ、ーーっと」 「あ、すみませんーー、……岩井か、ごめんごめん」 「いえーー」 敬吾の部屋の前、顔の直前で押し留めたドアを挟んで敬吾と向き合いながら、ふと逃げる視線に逸は不穏なものを感じていた。 「ーーどこか行くんですか?」 「あ、うん……教授から呼び出しくらった……」 「夏休みなのに?」 「……うん、セミナーに使う資料がどうしても見つかんないらしい……先食ってて。俺の分はいいから」 「……はい」 快くはない返事をしたつもりだが、敬吾は逸を見ることもなくそそくさと言うに相応しい様子で踵を返した。 来てしまったものは仕方がないからとりあえず敬吾の部屋に入る。 が、靴は脱がずに框に腰を下ろした。 つい昨日、「明日は予定ないですよね」「うん」と言葉を交わしたばかりなのにーー。 「なんだよー……」 敬吾が休みということは同級生達も休みということだ。 バイトの他に地元の友達だの高校の同級生だのからの誘いがまとめて降ってきて、いつもなら適当に理由を付けて断る敬吾がここしばらくは連日出掛けている。 それだけなら、たまに休みが合う時くらいはそうだろうと納得できたのだが。 (今日はゆっくりできると思ったのになあ) バイト先からそのまま持ってきた鞄をばふんと叩き、携帯を取り出す。 敬吾と同じく自分にも降って湧いている誘いの連絡が追加で届いていた。 《マジで来ねえのー?》 《今からでも来いよー、一人くらい追加きくからー!》 《おーい!》 「……………行こうかなあ」 行っても失礼に思えるほど、気乗りはしていないが。 簡単に返信を打ち、逸は部屋を出た。
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