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だいぼうけん!
逸の携帯が着信を告げる。
最初の音だけでもう聞き留めてしまう、一人だけのための着信音。
主に呼ばれた犬のようにぴんと耳を立てて携帯の置かれたテーブルを振り返る。
画面を見て微笑み、逸は端末を耳に当てた。
「はい!お疲れ様ですっ」
『あ、もしもし。お前今どこにいる?』
「アパートですよ?」
『そっち雨降ってるか?』
「雨……?」
言われて逸は曇りガラスの窓を開く。
「いえ、曇ってはいますけど」
『そーか、俺今店出たんだけど急に降ってきたんだよ、悪いけどうちの洗濯物入れといてくれ』
「あ、はいーー」
その忠実さゆえとりあえず承諾はしたものの、逸は言い淀む。
「えーと、どうやって……」
『ポストに合鍵入ってるから』
続けて敬吾が言ったダイヤル番号を頭に刻み、よろしくと言われてそれを受け、ごく自然に逸は通話を切った。
が。
ーー合鍵!
なんと甘美な響きか。
携帯を握りしめたまま身を固めてしばしその残響に浸った後。
ダイヤル番号が薄れてきて、逸は慌ててエントランスへと向かった。
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