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樹と付き合って10年が経った頃。
樹が突然言い出した。
「ねえ、樹。どうしたの、急に母校に行きたいだなんて」
「んーなんとなく? なんか思い出すかなーって」
「……ふーん」
樹は笑っているけど、笑ってない。
私の前では無理して笑わなくていいのに。
そんなことを言う気分ではなくて。
私は、樹のそんな笑顔を見て、高校のことをふと思い出した。
私と樹が初めて話した時のこと。
私が樹のことを好きになった時のこと。
樹の嘘くさい笑顔が嫌いだった。
柳田(やなぎだ)樹。
同じクラスの男子。
いつも後ろの席で騒いでいて、でも他の男子と何かが違う。
少しだけ大人びて見えた。
バカみたいに大きく口を開けて笑う男子とは違って、目を伏せて静かに笑うその姿に、私は密かにドキドキしていた。
でも同時に、心の底から笑ってない雰囲気が、正直気に食わなかった。
そんな中、彼の噂を聞いた。
彼は毎日記憶を失っているらしい。
それゆえに、彼は他人のことをあまり名前で呼ばない。
毎日記憶がなくなるなんて、初めて聞いた時は、私は信じられなかった。
彼はそんなことを思わせないくらい、普通に過ごしているから。
名前を呼ばないだけ。少し笑顔が不自然なだけ。
それだけで、私たちと同じように、登下校をして、授業を受けている。
だから、彼が毎日記憶を無くしているなんて、信じられなかったんだ。
初めて彼と話す、あの日までは。
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