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【5】
颯真に手を引かれるままシティホテルに連れ込まれた美弦は、部屋の中央に置かれたダブルベッドに腰掛けて足を組んだまま、床に跪く颯真を見下ろしていた。
「お前に全部話す! もう、情けはいらない。お前がイヤだというなら俺はキッパリ諦めるっ」
そう言うなり、スーツの上着を脱ぎ捨てると、ネクタイを引き抜き、その場に両膝をついて頭を下げた。
安い絨毯に頭を擦りつけたまま、今までの経緯をすべて話した。
三十二歳である今でも童貞であること、遺伝子変異であと数週間でメス化してしまう事、そして……。
「――藤原。お前のことを……本気で、す……好きになってしまった、らしい」
最後の方は聞き取れないほどに声が震えていた。緊張と不安が入り混じった告白は、颯真にとって人生で初めての経験だった。
何かと誘われる事が多かった彼ではあったが、自分から誰かに告白したという経験はなかったからだ。
明莉と付き合ったきっかけも、彼女の方からのアプローチだった。
今に思えばくだらないプライドを振りかざし、自分がどれだけ尊い存在だったとアピールしてきたのだろう。
蓋を開けてみれば、世間知らずの箱入り息子で、しかも人間関係もまともに構築出来ないつまらない人間だった。
人の気持ちも考えず、自分のエゴだけで生きて来た三十二年間が、どれほど貴重な時間だったのかを、ここ数ヶ月の間に突き付けられたような気がして、颯真は溢れそうになる涙をぐっと堪えた。
ここに入ってから一言も言葉を発していない美弦を、颯真は恐る恐る顔を上げて見つめた。
彼は黙ったまま、颯真の話を聞いていた。その表情は真剣で、難攻する商談時に時折見せる、相手の弱点を見抜くかのように細められた鋭い視線が颯真に注がれていた。
「――じゃあ、俺も全部バラしちゃおうかな」
互いに見つめ合ってからどのくらい経ったのだろう。不意に美弦が砕けた口調で明るくそう告げた。
「バラ……す?」
「そう。会社的にはノンケで通してたけど、俺……ゲイなんだよね。どっちもイケるクチなんだけど、ここ数年は“バリネコ”してる。最近は俺の目に叶ったタチが見つからなくて、大人しくしてたんだけど……」
「へ? ネコ……?」
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