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【3】
あの日から颯真は美弦を意識し始めた。
女性には全く反応しない颯真の愚息が、部下である美弦に大いに反応してしまったのだから。
どうせ抱くのなら気心知れた者の方が安心する。多少、勝気なところはあるがヴィジュアル的には何も問題はない。初めての相手にしてはうってつけだ。
しかし、美弦は自身のプライベートを周囲に明かさない。
それに、女性にモテるという話は耳にするが、恋人がいるという事は聞いたことがなかった。
颯真はじわじわと間を縮め、彼に警戒されないように上司権限を駆使し、彼の動向を探った。
帰宅時に彼のマンションまで尾行したり、偶然を装って同じ電車に乗ったりもした。
地位のある男がストーカーまがいの事をしてしまうほど、颯真は追い詰められていた。自室に掲げられたカレンダーには確実に×印が増え、止まることなく時間は過ぎ、月が替わっていった。
そして、あの夜――。
意を決して決行した美弦への告白が、最悪な結果を招いてしまった。
声をかけても完全に無視され、フロアでは目も合わさない。
仕事の打ち合わせで同行しなければならない時などは最悪で、タクシーの中では終始無言のまま、取引先での商談も会話が噛み合わず、先方の担当者に不信感を抱かせてしまった。
このままでは上司部下という関係はもとより、営業一課の連携も崩れかねない。
颯真自身も次期課長候補として名を挙げている身であり、美弦もまた営業一課を背負う大事な人材だったからだ。
悶々とした日々を過ごしながらも、颯真はタイミングを見計らっていた。
このまま膠着状態が長引けば、美弦の颯真に対する信頼度は下がっていくばかりだ。一度失いかけたものは、回復するのにかなりの時間を要する。
ここは颯真が折れる形で、弁解の意味も兼ねて話し合った方がいいだろうと思っていた。
そう言う時に限って業務は多忙を極め、美弦とのすれ違うことが多くなっていった。
体力的にも、精神的にも余裕がなくなり始めていた颯真は、出先から戻ってくるなり、何度もため息をつきながらエントランスを横切り、おぼつかない足取りでエレベーターホールへと向かっていた。
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