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 まるで颯真の心を見透かすような明莉の言動で、更に憂鬱になったことは言うまでもない。  魂が抜けかけた屍のような体を引き摺って、上階行きのエレベーターの到着を待った。  しばらくして鏡面の扉がゆっくりと開くと、そこに立っていたのは美弦だった。  彼の他には誰も乗っておらず、同じ空間に足を踏み入れるのを躊躇っていると、彼は目を合わすことなく言った。 「――乗りますか?」  感情のない冷たい響きに息が出来なくなる。  恐る恐る足を踏み出しエレベーターに乗り込むと、行き先は言わずもがな美弦と同じだった。  沈黙が支配する箱の中で、颯真は呼吸さえも控えめに隅の方で居心地悪く佇んでいた。  自分よりも背の低い美弦の背中がやけに大きく、そして遠く見えて、あの夜の事を猛省した。 「――横山社長とはお知り合いなんですか?」  不意に問われ「へ?」と素っ頓狂な声が出た。  訝し気に振り返った美弦は、颯真に向き直るとため息交じりにこう続けた。 「ホント、お盛んですよね。あれほど女性に誘われるのに、どうして俺なんですかね……」  皮肉にも取れる彼の言葉に苦笑いを浮かべながら、颯真は俯いたまま前髪をかき上げて応えた。 「アイツは――元カノだ。しばらく会ってもいなかったから顔も咄嗟に思い出せなかった」 「初耳。過去にあれほどの美人と付き合っていながら、ゲイをカムアウトするなんて」 「大人の事情だ」  美弦が身じろぐたびにソープの香りがふわりと漂う。まるで、つい先程までシャワーを浴びていたかのような新鮮な香りに、はっと息を呑んで彼を見つめた。 「――お前、アイツと寝たんじゃないだろうなっ」 「何を言ってるんですか……。主任と一緒にしないでください。俺はそんな節操ナシじゃありませんよ」  呆れながら背を向けた美弦は、やけにゆっくりと上昇するエレベーターの表示を見上げながら小さく吐息した。  今の颯真は悪い事しか考えられない。美弦と明莉の関係を疑ったのも、抱え込んでいるモノが見せた妄想なのだ。  美弦の襟足を見るともなく見つめる。こんな精神状態では勃つものも勃たない。それはそれで、今のこの状況では救われていると思った。  彼の肩がゆっくりと上下し、大きく息を吸い込んだことを知る。
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