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 今までのムーディーな雰囲気から一変、本能を剥き出した彼に危機感を感じた美弦だったが、体格差もあり、いくら抗っても力では颯真に敵うはずがなかった。  両手の自由を奪われ、ゆっくりと近づく顔。ふわりと揺れるムスクの香り。 キスされる……と、咄嗟に顔を背けた瞬間、ふっと手首の圧迫が解けた。  そして次の瞬間、足元に崩れ落ちるように両膝をついた彼は、床に貼られたビニール製のシートに頭を押し付けて叫んでいた。 「単刀直入に言う! 一度でいいからお前を抱かせてくれ!」  資料室に響いた彼の悲痛な叫びは、余韻を残すことなく静寂に呑み込まれた。  先程までの甘い囁きは何だったのだろう……。時間の無駄遣いも甚だしい。 その挙句――。 (“手短に”叫んだセリフがこれか……)  颯真ほどの男ならば、同じセクシャリティを持った相手ならば放っておくはずがない。  女性だけでなく、確実に男性にもモテる素質は十分あるはずなのに……。なぜ、あえて美弦を選んだのか。 その疑問を誰よりも知りたいと思ったのは、斯く言う美弦本人だった。 衝撃的な告白に目を見開いたまま動けずにいる美弦を見上げた颯真の目は真剣で、それでいて何かに縋るようにも見える。 エリート主任が土下座しても抱きたい男――確かに、細身で色も白く、女性的な顔つきである美弦は、颯真に引けを取らないくらい男女からモテていた。 しかし、特定の相手を作るのが煩わしいという理由で、現在付き合っている者はいない。 そうかといって、一夜限りのアバンチュールのような中途半端な付き合い方を嫌い、それをするくらいなら一人の方が楽でいいという。 それ故に、上司だから……という特別な概念は、今の美弦には皆無だった。 「――嫌です! 俺、ノンケなんで」 「ノンケでもいい! 頼むっ。少しの間だけ……いや、一瞬でいい。お前の尻に俺の先っぽだけ入れさせてくれ!」 「はぁ? 先っぽって……」  高級フレンチレストランで、深紅のバラの花束を片手に、気障なセリフを並べ立てそうな彼が発した予想外のフレーズに、美弦は呆気にとられた。  それほどまでに欲求不満ならば、風俗店にでも行けばいい。自分の趣味に合った店などいくらでもあるはずだ。  それをすることなく、あえて美弦に頭を下げる彼の意図が読めずに困惑していると、颯真は不意に彼の手を握り声を震わせた。
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