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遡ること一週間前――。 主要ターミナルにほど近いタワーマンションの上階にある自宅に帰った颯真は、エントランスに備え付けられたメールボックスの中身をリビングのテーブルに放り投げた。 予想外に難航している新規取引先との商談にイラつきを隠せず、ネクタイを乱暴に緩めながら上着をソファの背凭れに無造作に掛けた。 チラッと視線を向け、散らかった自分あての郵便物を眺める。 高所得者が住むこのタワーマンションの住民をターゲットにしたケータリングや家事代行サービスなどのダイレクトメールに紛れ込むように、そうそう目にすることのないクリーム色の封筒が混じっていることに気付く。 長い指でそれを引き抜き、送り主の名を確認すべく封筒を裏返すと、ロゴマーク付きで『財団法人 日本遺伝子学協会』と印字されてり、しかも『親展』の赤いスタンプまで押してある。 颯真は自身には全く縁のない場所から届いた郵便物に不信感を募らせながらもレターオープナーでその封を切った。 丁寧に三つ折りされた用紙は三枚。それを広げて印字された文字を目で追っていく。  一枚目には颯真の名前、住所、本籍地、生年月日、両親の名前、最終学歴、現在の勤務先に至るまでこと細かに記されていた。これ一枚あれば履歴書に代用できるのではないかと思うほど完璧に仕上がっている。  しかし、なぜ遺伝子学協会が自身のデータを持っているのかが不思議でならなかった。  新手の詐欺か……と警戒する。  近年、だんだんと巧妙になっていく詐欺の手口は、手を変え品を変え、今では警官や弁護士になりすますこともザラだ。  事実、颯真の元にも不当請求のハガキやメール、電話などが来ていた。 「またか……」  小さく吐息しながら二枚目に目を通し始めると、彼の顔色がみるみる青ざめていった。  そこに書かれていたのは、颯真自身が知り得ないことだった。  今、この日本では国民の遺伝子情報を収集するために、出生時に両親の許可を得てあらゆる種類の遺伝子検査を行い、その中でも最も遺伝要因を受ける体質での検査結果にて、颯真が特異体質であると判明したというのだ。  両親はもちろんその体質ではあったが、日常生活には全く支障をきたすことはないという。しかし、ある一定期間または年齢に達するまでに性交渉がない場合、その体は変化するという。
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