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 颯真ほどの男であれば一夜だけの付き合いでも十分に許される。それなのに……。  しかし、今もっとも重要視しなければならないことは、出来なかった性交渉を振り返るよりも、一定期間性交渉がなかった颯真の体質がどう変化してしまうかという事だろう。  ゴクリ……と渇き切った喉に唾を呑み込んで、三枚目の用紙を穴が開くほど見つめる。  そこに書かれていた驚くべき内容に、颯真は眩暈を覚え、ソファの背凭れに思わず手をついた。 「嘘だろ……」  力なく呟き、手にしていた用紙がはらりとフローリングの床に落とした。 『――これにより岩崎颯真氏が体質変化すると考えられる症状は、男性としての生殖機能は完全に失われ、味覚・欲求(性欲も含む)・言動・動作・体つきなどが女性特有のものへと変わると予想される。元来、男女共にあった子宮だが、進化の過程で男性に限り変異したものが現在の前立腺である。その部分が女性化により再び子宮としての機能を果たす者も、ごく稀にではあるが過去に症例として報告されている』  ここに書かれている内容を分かり易く単純に言い換えるならば――。 「俺……メス化するってこと、なのか……っ!」  その場に頽れ、両手をついて項垂れた颯真だったが、ふと何かを思い立って勢いよく立ち上ると、勇み足で書斎へと向かった。  ドアを開け、すぐ脇にあるスイッチを押して明かりを灯すと、窓際に置かれたデスクの上のノートパソコンの電源を入れた。  ゆっくりとした動作で椅子に腰かけ、徐々に明るくなっていくパソコンの起動画面をぼんやりと見つめた。 「これは悪質な悪戯だ……。俺のパーソナルデータなんて、ちょっと金を出せばいくらでも手に入る。それに、このインチキくさい財団法人が存在するのかどうかも怪しい。そもそも、国に委託されて遺伝子情報を収集するなんて、一体何に利用するつもりだ」  立ち上った液晶画面を睨みつけながら検索サイトを開き、慣れたタイピングで『財団法人 日本遺伝子学協会』と入力する。  すると、颯真の否定したいと思う心を嘲笑うかのように、ホームページが存在し、その内容も国がバックアップをしているという事が書かれている。  トップページに張り付けられているリンクバナーは各省庁の名が並び、詐欺や悪戯のために作った物とは思えないクオリティで、有識者の見解や論文なども載せられている。
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