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昔むかし あるところに
おじいさんがおりました
山奥の小屋で 鏡を作る
おじいさんがおりました
おじいさんは
鳥が鳴き出す前に起きて
さっさと支度を済ませると
裏山に出かけます
鏡を作る為の
石を探しに行くのです
おじいさんが選ぶ石は
日によってまちまちです
じょうぶな石やうすい石
ぶかっこうな石やつめたい石
特に決まりはないようで
どんな石でも使います
ただし
一日に選ぶのはたった一つだけ
おじいさんは
石の呼ぶ声に従って
石を迎えに行くのです
家に帰ったおじいさんは
だんろの脇に腰掛けて
昼間の残りの時間をずっと
石を磨いて過ごします
おじいさんの右手は
道具を握ったタコだらけ
左手の手首には
包帯が巻いてあります
毎日石を磨き続ける
おじいさんの体は
ボロボロです
それでもおじいさんは
いつも石がピカピカになるまで
磨き続けます
日が暮れる頃には
ただの石ころが
綺麗な鏡に大変身
完成した鏡は
黒い箱に入れられて
壁際にそっと置かれます
おじいさんは
満足げに息をついて
額の汗を拭います
夕飯の用意をして
お風呂に入って
あとはその時まで
くつろいで過ごします
山の向こうの丘から
狼の声が響く頃
その時を迎えた家に
お客さんが訪れます
自分が何故そこに居るのか
分からない様子で
大抵 ふわふわと
頼りなく歩いてやって来ます
お客さんも
石の呼ぶ声に従って
鏡を迎えに来たのです
おじいさんはただ一言
いらっしゃい と囁きます
お客さんは 黒い箱を開け
たった一つの鏡と出会います
おじいさんの作る鏡は
物の形を映しません
その鏡が映すのは
お客さんの本当の姿
言葉や思い込みを取り払った
ありのままの姿です
鏡に映った本当の自分の姿に
あるいは
幸せそうに微笑み
あるいは
大声を上げてのたうちまわり
あるいは
白目を剥いて気を失い
そうして皆
しゅるしゅると音を立てて
どこかへ消えていきます
同時に
黒い箱の中の鏡が
粉々に砕け散ります
おじいさんはただ一言
さようなら とだけ呟くと
満足げに息をついて
そっとベッドに潜ります
そろそろ夜が明ける頃
砕けた鏡は霧となり
しゅるしゅると音を立てて
どこかへ消えてなくなります
おじいさんの元に残るのは
空っぽの黒い箱だけ
さあ またどこかで
石が呼ぶ声がします
『鏡職人』『鏡職人』
おじいさんは今日も
石の言いなりになって
おじいさんは今日も
人殺しの石を磨きます
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