プロローグ

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プロローグ

 「七瀬先輩。もう一度だけ話がしたいです」  つぶやいてから左右を見る。だれもいない。  アパートの部屋。殺風景な一人暮らしの大学生の部屋。  ここに移ってから二ケ月近い。  家から通うことだって出来た。  母だってそう言った。でも独りになりたかった。  「七瀬先輩ともう一度だけ話がしたい」  今まで何百回とこの言葉をつぶやいてた。  自分は病気だって思う。   「もうおしまい・・・」  この言葉だって何百回、つぶやいたんだろう。  つぶやいた後で、涙が溢れ、何も手につかない。  この部屋・・・  未来への希望なんかない。  七瀬先輩のことを思い出して、悲しみを新たにする絶望の部屋だ。  壁に貼られた新聞記事の切抜き。いつでも見られるように壁に貼ってある。コピーまで、自分がいつも持ち歩くバッグに入れている。  何のため?聞かれたって僕にも分らない。  だから言ってるんだ。病気だって・・・   壁には、僕と先輩が、ノートパソコンとタブレットを持ってニッコリ笑う写真が貼ってある。  高校一年の十二月。『私の大切な人』をテーマにしたエッセーで最優秀賞を受賞して学校で表彰され、副賞のノートパソコンとタブレットを貰った時の写真。   猫を連想させるキラキラした目。気の強さがすぐ分る口元。ミニスカートからのぞく ちょっと太めの白い脚。この脚で、小学生の頃からよく追っかけられた。  僕より背が高く、すばしっこく、りりしかった。  この写真が一番好きなんだ。見る度にやっぱり涙が溢れて止まらなくて、いつも声をあげて泣いている。   どうなるか分ってるのに、いつでも見える場所に、この写真を貼ってるんだ。                               ひどい先輩のこと    エッセー「僕の私の大切な人」高校生の部最優秀賞
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