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真夜中に授乳し、その後、一瞬で朝が来た。
出勤前の夫が寝室から出てきて、日の光に照らされた娘の顔をのぞき込む。
「あー、笑ってる」
何の夢を見ているのやら、ひくひくと全身を震わせて娘が笑う。
歯のない口がわずかに開き、よだれに濡れた唇が光っている。おでこから耳まで覆う産毛は何やら動物の仔めいている。
「茜ちゃん、今日もいい天気だよー」
「ちょっと、起こさないでよ」
「わかってるって。新生児微笑だろうけど、かわいいよなぁ」
「そんなにかわいい?」
つぶやいたわたしの声は自分で思うより尖っていたらしい。夫が眉根を寄せた。
「みーちゃん、疲れてるんだね。マッサージでも行ったら?」
「そんな暇あるわけないじゃない」
「ゆっくり湯船に浸かるとか」
「無理。シャワー浴びるのすらタイミング見計らってるんだから」
夫はわかってない。全然わかってない。
乳児を置いて、いつどうやってマッサージに行けるというの。
自分の時間なんてない。娘が寝ているうちに少しでも家事を進めなきゃ回らないし、食事もトイレも急いで済ませ、常に臨戦状態の緊張感。爆弾を家の中に抱えたようなものだ。
家にこの子がやってきてからの二ヶ月半、わたしはリビングのソファで雑魚寝している。
髪をくくり、授乳しやすい服を着たまま。化粧はおろか、ゆっくり入浴する暇もない。
「朝から喧嘩はやめよう。行ってきます」
「……行ってらっしゃい」
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