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「お湯かけるよ。熱い? 熱いかな? 大丈夫?」  熱気のこもった浴室で、わたしは娘に話しかける。  娘はご機嫌斜めとまではいかないけれど、神妙な顔のまま。  ぷるぷるに濡れた唇を真一文字に結び、脇をぎゅっと締め、指先が白くなるほど強くこぶしを握っている。頭に比べてアンバランスに小さな手は石のようだ。  これじゃ手のひらが洗えない。脇だって何日かに一度、運のいいときしか洗えない。むちむちと肉のついた手足のしわや、胴に顔が埋まったようになっている首元は指を入れてこするけれど、両手をこじ開けるのはあきらめている。 「さ、上がろうね。おしまいだよ」  お湯から引き上げた娘をバスタオルにくるむ。  手早く肌を保湿して、短肌着、長肌着を着せて……あ、泣く。また泣く。やっぱり。 「これ着たらおしまいだから。がんばろう。いい子、いい子」  どうにかなだめて、超特急でコンビ服を着せる。育児を始めてから蝶結びだけは速くなった。 「はい、がんばりました。キレイキレイだよ、よかったね」  伝わっている気がしない言葉をそれでも必死にかけ続けるのは、沈黙が怖いから。せめて母親らしく振る舞うことで、育児に懸命な自分という形を保っておきたいから。  毎日少しずつ重さを増す娘。  まだ毛量が少なくて、すぐに乾く柔らかい髪。泣き濡れた頬。目尻に向けて弧を描いて生えるまつ毛。  黒い瞳で何を見ているの。
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