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道路際で電柱程の柱に支えられた頭でっかちな看板が、いくつものライトで煌々(こうこう)と照らされている。それが消えたら、店から最後の戸締りを終えた彼が出てくる。
給料が安いとか、バイトもパートもすぐに休みたがるとか、そんな愚痴なら死ぬほど聞かされた。
バイトの面接で初めて顔を合わせた時、彼が私の顔ではなく体を見ていたことは気付いていた。触れられそうな距離に立ち、互いの肌の温もりを感じて見つめ合う時間が長くなって、私達の不埒(ふらち)な関係は始まった。
彼は雇われ店長でもあった。もう35歳で、甲斐性もないのだから仕方がない。
薬学部を出て就職した製薬会社の営業職が合わず、病院内の薬剤師も不倫がバレて首になり、親戚のコネで得た今の仕事しか彼には選択肢はなかったのだ。
容姿はぱっとしない。顔の作りも、平凡だ。だけど、声だけはとても魅力的だった。彼の声を聴いている間は、うっとりとした夢心地でいられた。
明りを消してしまえば顔や体なんて気にならない。そこに体温があって、肌の感触や息遣いがあって、どうしようもなく熱く疼く熱情を彼と分かち合えたらそれで良かった。だけど、彼は抱き合うたびに私への興味を失っていった。
彼の車は大きな四輪駆動車で、田舎町の雇われ店長にしては高級車に乗っている。その後部座席で私は何度も彼に溶かされ、彼の欲望を満たしてあげた。
あんなに激しく愛し合ったのに。なにが足りなかったのか、なにがいけなかったのか、私にはそれがわからなかった。
男と女がやることは全部やった。彼が好みだと行った女優の髪型を真似たり、ダイエットもして体からぜい肉をそぎ落としたり、高い化粧品を買って肌の質感をよくしたり。変化のたびにそれを悦び、受け入れてくれた最初の一年間は、本当に、ただほんとうに、幸せだった。とてもうまくいっていた。だから、余計にあんな狡(ずる)い別れ方は容認できない。
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