もう一度声を聴かせてよ

6/7
前へ
/7ページ
次へ
 広い空間に突然、コンコンという音が響いた途端に看板の明りが消えた。そしてすぐに彼が事務所のドアを開けて出てきた。  疲れた顔をしていた。目の下のクマが濃い。 「――まさふみさん」  私が声をかけると、彼はビクンと背筋を伸ばして立ち止まる。そして、緊張しながら私の姿を探し始めた。 「――ここにいるよ」  手を振っても彼は私を無視した。ただ、身を低くしてゆっくりとおそるおそる自分の車に駆け寄ってくる。  私の目の前でキュンキュンと鍵を鳴らしてドアを開け、流れ込むように運転席に乗り込んでドアを閉めた。助手席に座っている私に目もくれず、彼はエンジンをかけるとラジオのボリュームを上げる。 「――ねぇ、今日も来ちゃった」  彼はまた背筋を伸ばして首をコキコキと鳴らした。 「――別れ話しましょう」  バックギアを入れて、背後を気にしながら車を出した彼はぶつぶつと独り言を始めた。 「もういい加減にしてくれ」 「――あなたがはっきり言わないからじゃない」 「どうすればあきらめてくれるんだ?」 「――だから、ちゃんと言ってくれたらいいのに」 「お前のためにできることは全部やったんだ!  もう俺なんかに執着しないで、さっさと消えてくれ!」  彼はせまい車内で大声でわめいた。 「―――”さっさと消えて”はないんじゃない?」  アクセルを全開に踏んだ彼の車は、轟音を上げて加速していく。轍(わだち)が深くなっている国道に出ると、一般道だというのに時速120キロまで、速度を上げていく。 「もう、気が狂いそうだ!」  彼は叫んだ。  信号は赤く点滅していた。  一時停止もせずに彼はぶっちぎっていく。  窓を開けて、髪の毛が全部後ろに飛ばされていて、その横顔だけはいつもより何倍も素敵だった。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

16人が本棚に入れています
本棚に追加