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「あきえ! もう、やめてくれ! もう、どこかに行ってくれよ! 俺のことなんて忘れてくれよぉ!」
まさふみさんは興奮しながらさらにアクセルを踏んだ。重たい車両が最高速度に到達すると、ハイビームを点けた車がすれ違い様にパッシングする。
街と街をつなぐ荒野を貫く直線道路を、闇夜を切り裂くように突き進む。
彼の横顔に見惚れてしまう。
追い詰められた男は色気がある。
それを今、目の当たりにして、私の心の穴は少しだけ埋まった気がした。
運転中の彼の頬に手を伸ばすと、彼はビクンと強張らせた。
「やめろ!」
「――そうね。私も、もう終わりにしたいの」
「俺に触るな!」
「――だって、こうでもしないとあなたは私を無視するじゃない」
「どこかにいけ!」
「――行って欲しいなら、あのセリフを言ってよ」
「俺はもう一緒にいられないんだ! お前はもう死んでるんだから! 俺はまだ死にたくないんだよ! だから、頼むからもう俺の前から消えろぉぉぉぉぉぉ」
赤いパトライトが暗闇から追いかけてきた。我に返ったように速度を落とした彼は、車を路肩に寄せて警察車両を待ち始めた。
青いユニフォームを着た警察官が運転席の窓越しに話しかけてきて、私を見るなり「同伴者の方も罰金対象ですからね!」と注意を受けた。彼は「ええ!」と驚きの声を上げた。
「奥さん? 彼女さん?」と、警察官は続けた。
まさふみさんは私の方を見て目を泳がせた。
「誰もいないでしょ? 俺しかいないでしょ?」
「何言ってるんです? 隣に綺麗な女性、居るじゃないですか」
「やめろ、やめてくれ! そんなわけない! ここにいるはずない!」
彼は車から降りて海岸線の浜辺に走り出すと、海の中に踏み込んで行った。警察官は大慌てで彼を取りおさえ、助手席の私に向かって何かを言ったけれど、私には意味が理解できない。
彼はそのまま警察に保護されてしまった。精神病院に入院した彼に、私は会いに行けない。気が付くとまた、彼が勤めていたドラッグストアの看板の下に私は立っていた。
彼が元気になって、またここに来る日を待ち続けている。
待ち伏せなんて本当はしたくないけれど、彼からちゃんとした別れの言葉がない限り、私はここを離れられない。
いつまでも、彼のあの魅力的な声で、
――――「さよなら」を待ってる。
了
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