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パーンという破裂音を合図に、一斉に競走馬がレーンを走り出す。
シエルは主賓席で頬杖を付きながら眼下で繰り広げられる熱いバトルを眺めながら、冷めきった感情の置き所が分からずにいた。
「シエル様、頬杖はやめましょう。国民に対して品位を見せつけなければなりませんからね」
「品位ですか……」
後ろに控えていたハドリーにコソっと耳打ちされ、シエルはしょうがなく居住まいを正した。
今日は朝からハドリーに連れ出され、午前は慈善団体を訪問したり、国外からの賓客を迎え、午後からは競馬のシーズン開幕のセレモニーに主賓として出席していた。
本来であれば国王陛下が出席するはずなのだが、病に臥せっているために、シエルが代理を務めている。
この様にして、外堀を埋めていっているのだと理解はしているのだが、なかなかに退屈な公務の数々に辟易としてしまう。
ジャックの救出のために早く行動に移したいのに、立場上自由になる時間が減っていく事への焦りもある。
ベージュの上着のポケットに入れた小箱をそっと取り出す。
この箱を不特定多数の視線があるここで開ける事はしない。ただこの石の存在に意識を向ける事で心を落ち着かせたかった。
(ジャックさん、待っててください。必ず助けますから)
そっと箱の側面を指でなぞる。
すると心なしか、小箱からうっすらと青白い光が漏れだした。
(あれ? こんなに光る事はこれまでなかったのに)
箱から漏れる光は徐々にに強くなっている様だ。
シエルは他人から箱が注目される前に上着にしまい、代わりにレースのハンカチを取り出した。
そのハンカチを口に当て、後ろに立つハドリーを振り返る。
「ハドリーさん、気分が悪いです。申し訳ないのですが、控室に戻ってもいいですか?」
「ええ!? 朝から顔色が優れないから心配ではありましたが……、倒れてしまう前に中に入りましょう」
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