Ⅰ 不安定と飛んできたナイフ

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 「なんで腹って減るんだろ……」  今日もかわいい俺の先輩。  髪は3日前に風呂に入ったきりな気がするし、肌は薄汚れてる気がするし、目の下には熊が2匹飼われてるけど、かわいいには違いない。  台所から横目で見ながら、スープに火を通す。  猫舌の先輩に丁度いい温度。  「なんで眠くなんだろ、なんでトイレ行きたくなんだろ、なんでゲームの誘惑に負けんだろ」  文句ばっか言いながら、目の前のペペロンチーノにフォークつけて先輩はポロポロ涙を溢す。  ―――凄いナーバス  受験生なのは判るし、受験生が追い詰められるのも判るけど。  「じゃあ寝りゃええ……ヒィっ!」  スープの入ったマグ、両手に持った俺の顔面すれすれを、鋭利な何かがよぎった。  それは音を立てて俺の斜め後ろの壁に突き立つ。  フォークだ。  元野球部エースが投げたフォークが壁に突きたってた。  えー、なんなんこれ。  これ目とかに刺さったら死んでるパターンやないの?こわっ、ちょ、ホンにこれなんなん。ガチやん、がっちがちのガチやん。  血の気も気持ちもちんぽもドン引く。ちんぽってかタマがひゅんって中、入っちゃう。  「寝るとか言うなよ!もう明日じゃん、数時間後だよ!受かる気しねぇよ!」  先輩はぼろぼろ涙溢しながら不安定。  俺が作ったパスタ食いながら文句しかいってない。  「でもA判定出てんやろ。あと寝るくらいしかできへんやん」  「簡単に言うなよ!判定なんて当てになんねぇじゃん!他のやつが皆S判定だったらどーすんだよ!俺絶対お……おち……」  自分が言いかけた言葉にまた不安定になってえずいてる。  じゃあ、なんて声かけたらええんや。  呼ばれて飛び出て尻尾振って駆けてくりゃ、腹が減ったの、パスタ食いたいの言われて。作ったら今度はフォーク投げられて。でも、泣いてんのは先輩で。  気持ちは判るなん、嘘でも言えん。  だって俺は二年で、受験生やない。先輩の身にはなれん。気持ちなんて来年にならん限り判らん。  判らんから。  「そんな不安にしかならんのやったら否応なしに寝るしかなかろ」  一人言ちて壁からフォークを抜いた。  俺の分のペペロンチーノが湯気を立てて冷えていくけど、無視した。
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