本編

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 でも2009年から先の出来事は自分の身に何か起きたことはおろか、社会とか、世界での出来事ですらも、何も思い浮かばない。いやそれを……失っているということなのだろうか。  やばいやばいと、あれこれ考えていると、 -正解。  笑いを含んだような、しかし優しさを感じる口調で声は答えた。よかった。いや、いいかどうかは分からないけど、自分の記憶がほんの少し、戻ってきているのも感じられている。 -今は2009年の9月14日。あなたの名前は思い出せますか? 「ええ。柏木恵一。25歳」  今度は自信を持って言い切った。これは確実。そしてここで白を切ってもしょうがないとの判断。向こうにも僕の素性はある程度わかっているはずだし。 -正解。  また少しの間があった気がした。間違えたか。いやそんなはずはないと思うけど。声のトーンはやわらかいままだ。気のせいか。 -柏木恵一さん。わたしは「さくら」と申します。よろしくお願いします。  僕の逡巡を尻目に、声が自らのことを初めて語った。「さくら」……さん。  春の薄桃色の花のイメージは、声から受けるイメージに合っているのかあっていないのかちょっと分からない。声はやわらかな感じだが、話す言葉には何というかクールな知的さを感じるわけで……でも初めて、僕はこのスピーカーの先にいる人のイメージが、うすぼんやりとだけど垣間見えたような気がした。     
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