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 暫く待っていると、篤眞のお母さん出てきた。 「あら、いらっしゃい。ちょっと待っててね」家の奥に戻りながら篤眞を呼ぶ声が聞こえてきた。 うす暗い家の中から俯き加減の篤眞がスーっと出てきた。上目使いに忠志の顔を見上げ立ち止まり暫く見詰め続けた。 「…」忠志は何も言わない。篤眞も無言のままだ。 何を訊きに何を確かめに来たのか互いに分かっていた。 篤眞は無表情だが少し怒っている眼つきをしていた。顎で鶏小屋の方を示し歩き始めた。忠志は後に続いた。鶏小屋に近づくと忠志は駆け寄り中を覗きこんだ。 「…ケンタ」小さくケンタを呼ぶ声が口を衝いて出ていた。鶏小屋の中にケンタが居てくれることに一縷の望みをかけて…。 沈みかけの真夏の夕日を浴びた鶏達が歩き回っている。その中にケンタの姿はなかった。忠志は金網に鼻を押し付けるようにして鶏小屋の中を覗き込んでいた。 「…うっ」忠志は口の中に残る鶏肉の味に噎せ返り、身体をくの字に曲げて鶏小屋の横に嘔吐した。さっき食べた鶏の唐揚げが、ほとんどそのままの形で口から飛び出し地面に転がった。ケンタの肉の唐揚げが…。 「…食べ、たの?」傍で様子を見ていた篤眞は細めていた眼を見開いて独り言のような声を漏らした。忠志は身体を曲げたまま、吐き出した唐揚げと篤眞の顔を交互に見ながら、荒れた呼吸をしている口を手の甲で拭った。
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