3人が本棚に入れています
本棚に追加
「みんな、どこだあ?」
菊千代が仲間を呼ぶ。
斥候2は頭を下げた。1と3も従って頭を下げる。
「やっぱりだ。村のやつら、侍を雇いやがった。お頭に報せるぞ」
斥候2は1の尻をたたく。3人は身を低くしたまま、柵から離れた。しかし、すぐ藪に隠れ、村を見張る。
柵の向こう側、村の中に、また菊千代が姿を現した。勝四郎が追って出て来て、最後に久蔵がゆらりと現れる。勝四郎が身振りで何かを訴えるので、菊千代と久蔵は後ろに付いて行く。
「少なくとも3人か、もっといるかも知れねえな」
斥候2が指折り数える。1は肩を回し、すでに戦闘態勢だ。
「カット! よし、オッケー!」
黒澤監督が号令をかけた。
簡単過ぎる、危ないなあ・・・中島はイヤな予感がした。4年前、出演場面を丸ごと切られた古傷が痛んだ。
8月も中旬になると、日の落ちるのが早く感じる。5時前、今日の撮影は終わりとなった。
「明日からは、いよいよ時代劇の本番、ちゃんちゃんバラバラをやるぞう」
黒沢の大声が帰りのバスに響いた。
バスが旅館の手前で停まってしまった。
旅館の玄関前には大きな星のマークのジープがいた、アメリカ軍の車だ。旅館の番頭がバスへ駆けて来た。
「クロサワ!」
「ミフネ!」
アメリカ兵たちが大声でバスを指差す。すわ、逮捕か、連行か? バスの中が緊張した。
黒沢が悠然としてバスから降りた。と、アメリカ兵たちの中から将官らしき人物が進み出て、背筋を伸ばして敬礼した。他の兵たちは整列して敬礼した。御殿場にあるアメリカ軍の基地から来たらしい。どこからか、黒沢明が逗留中の情報を得たようだ。
黒沢に呼ばれて、三船もバスから降りた。アメリカ兵と映画スターとの握手会が始まった。サイン会が続き、記念撮影となった。黒沢の背は高い、大柄揃いのアメリカ兵の混じっても同列だ。
「朝鮮での戦争が一段落して、連中も気楽だね」
「本国へ帰る前に遊んでるんじゃないの」
嬉々とするアメリカ兵をみながら、バスの中から安堵の声がもれた。
2年前、ベネチア映画祭で『羅生門』がグランプリを取り、昨年はアメリカのアカデミー賞も取った。クロサワの名は世界的になっていた。
映画は鉄砲より強いかもしれない・・・吊革で待ちながら、中島は思った。
最初のコメントを投稿しよう!