昭和28年8月 七人の侍

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「みんな、どこだあ?」  菊千代が仲間を呼ぶ。  斥候2は頭を下げた。1と3も従って頭を下げる。 「やっぱりだ。村のやつら、侍を雇いやがった。お頭に報せるぞ」  斥候2は1の尻をたたく。3人は身を低くしたまま、柵から離れた。しかし、すぐ藪に隠れ、村を見張る。  柵の向こう側、村の中に、また菊千代が姿を現した。勝四郎が追って出て来て、最後に久蔵がゆらりと現れる。勝四郎が身振りで何かを訴えるので、菊千代と久蔵は後ろに付いて行く。 「少なくとも3人か、もっといるかも知れねえな」  斥候2が指折り数える。1は肩を回し、すでに戦闘態勢だ。 「カット! よし、オッケー!」  黒澤監督が号令をかけた。  簡単過ぎる、危ないなあ・・・中島はイヤな予感がした。4年前、出演場面を丸ごと切られた古傷が痛んだ。  8月も中旬になると、日の落ちるのが早く感じる。5時前、今日の撮影は終わりとなった。 「明日からは、いよいよ時代劇の本番、ちゃんちゃんバラバラをやるぞう」  黒沢の大声が帰りのバスに響いた。  バスが旅館の手前で停まってしまった。  旅館の玄関前には大きな星のマークのジープがいた、アメリカ軍の車だ。旅館の番頭がバスへ駆けて来た。 「クロサワ!」 「ミフネ!」  アメリカ兵たちが大声でバスを指差す。すわ、逮捕か、連行か? バスの中が緊張した。  黒沢が悠然としてバスから降りた。と、アメリカ兵たちの中から将官らしき人物が進み出て、背筋を伸ばして敬礼した。他の兵たちは整列して敬礼した。御殿場にあるアメリカ軍の基地から来たらしい。どこからか、黒沢明が逗留中の情報を得たようだ。  黒沢に呼ばれて、三船もバスから降りた。アメリカ兵と映画スターとの握手会が始まった。サイン会が続き、記念撮影となった。黒沢の背は高い、大柄揃いのアメリカ兵の混じっても同列だ。 「朝鮮での戦争が一段落して、連中も気楽だね」 「本国へ帰る前に遊んでるんじゃないの」  嬉々とするアメリカ兵をみながら、バスの中から安堵の声がもれた。  2年前、ベネチア映画祭で『羅生門』がグランプリを取り、昨年はアメリカのアカデミー賞も取った。クロサワの名は世界的になっていた。  映画は鉄砲より強いかもしれない・・・吊革で待ちながら、中島は思った。
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