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アメリカ兵が帰り、旅館前の騒動が終わって、ようやくバスから降りられた。部屋へ行く者もいるが、中島は風呂へ一直線。どんぶ、と頭から温泉につかった。
湯の中でのんびりしてると、大きいのと小さいのが入って来た。大きいのは黒沢明、小さいのは土屋嘉雄だ。土屋は『七人の侍』で起用された新人俳優。新人だが26才、中島より年上である。
「わたしはねえ、ジョン・フォードの『駅馬車』が好きでねえ。一対一の決闘からインディアンに騎兵隊、医者に娼婦にお尋ね者、何でもありの作品だ。朝鮮の戦争が日本に飛び火して、映画が作れなくなる・・・そう思って、何でもあり、のこれをやり始めたんだ」
「何でもあり、ですか。でも、日本に駅馬車はありませんよ」
「それだけは入れられなかったなあ。麓の村から、山の村へ旅する場面・・・それくらいしか、イメージが残せてない」
二人は親子のように語り合う。中島に入る余地は無かった。
「そうそう、イノさんが戦争物を撮ってるんだ」
黒沢は本多猪四郎をイノさんと呼ぶ。山本嘉次郎監督の下で共に学んだ後輩だった。
「大作らしいですね。この次は、現代劇もやってみたいなあ」
「三船ちゃんが呼ばれてたな。君も見学がてら、端っこに出てみたら良い」
「出て良いのですか?」
うん、と黒沢は頷く。
「戦争が、いつまた始まるか。朝鮮のは休戦しただけだからね。次に始まったら、初っ端に原爆が来るかもしれない」
「原爆が・・・すか」
映画は原爆にかなわない・・・湯の中で中島は思った。
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