昭和28年8月 七人の侍

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 翌日、場面は山の中だ。  斥候3人は森の中を歩く。馬をつないでおいた場所へもどり、野武士の頭へ村の状況を報告する。 「侍を何人雇ったか、それが分かればなあ」  斥候2がつぶやく。 「いっそ、奴らの一人を捕まえて、そいつから聞き出せば良いな」  斥候2の言葉に、斥候1は太い腕をさすって頷く。  望遠レンズで3人の隊列を撮っている。音は後入れ、少々間違っても気にしない。  場面が変わり、馬をつないでおいた近く。  太い木のところで、斥候1は足を止めた。だれか、木の下に座っている。侍の一人、久蔵である。  ゆらり、久蔵は立ち上がる。両手は下げたまま、肩の力は抜けている。細面で強さは表に出ていないが、知恵のある目つきだ。 「こいつだ。殺すな、捕まえろ」  斥候2が背中から小声で指示、斥候1は頷いた。胸を張り、背の刀に手を伸ばす。  びゅん、一瞬の早業。久蔵は刀を抜いた。下から逆袈裟に切り上げた。  斥候1は動かない・・・ 「切ったんだから、倒れろよ」  久蔵役の宮口清二が焦れた。 「今のは遠い、切れてない。だから、倒れないよ」  中島は首を振ってこたえた。切っ先は見えなかったが、鼻先の風が弱かったので、遠いと判断したのだ。  よっこらしょ、カメラ横の黒沢監督が立ち上がった。 「確かに、今のは遠かった。あれで倒れたら、普通の時代劇だよ。これはアラカンさんの主演じゃない。アラカンが刀を切り下ろしたら、何メートル離れていようが敵役は倒れなきゃいけない。でも、これは違うんだ」  アラカンこと嵐寛寿郎の時代劇と言えば、鞍馬天狗の連続物が人気だった。共演には可憐な美空ひばりもいる。 「宮口さん、ちょっと腰が引けてたね。だから、刀が遠くなった」 「このいかつい顔が押して来るんだもの、誰だって引けるよ」 「久蔵は達人なんだから、どんな顔だって引いたりしないばずだ」  黒沢が中島を見て、にやりとした。見た目では久蔵より強そう、それが斥候1の大事なところ。 「それに、下から切り上げるのは、第1撃としてわかりづらい。やっぱりね、上から切ってよ」  うむうむ、宮口は口を尖らせて頷く。
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