昭和28年9月 太平洋の鷲

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「なんでえ、海軍なら麦飯だろう。こんな物を食ってたんじゃ、脚気になっちまうぜ」  三船敏郎が昼の弁当に菊千代の顔で文句をたれた。白飯の握りが二つ、タクアンが三切れ、それが一人前だった。他はヤカンの茶を回し飲みである。  ちっ、三船は舌打ちして魔法瓶を出す。椀に盛ったのは豚汁だ。『七人の侍』の時も、三船は自前のおかずを用意していた。  中島は会社の出す弁当だけで昼飯を終えた。貧乏な大部屋俳優には、毎日おかずを持参する余裕は無い。  甲板を見ると、小道具係が人形の準備をしていた。木製の骨格に、石綿入りの袢纏のような服で肉付けして、その上に飛行服を着付ける。 「それで、何をするの?」 「火を点けて、燃やすのさ。手足を紐で引いて、苦しんでいる演技をさせる」 「人形なら、燃えない石綿の服は要らんだろう」 「一回でオッケーとなるとは限らない。何度もやり直すためには、木の骨組が燃えちゃ困るのさ」  ふーん、中島は首をひねる。  気が付くと、本多監督も横で首をひねっていた。 「人形は・・・やっぱり人形だなあ」 「せっかく石綿の服を作ったんだから、普通に人が着ても、燃えないと思うけど」 「燃えないはずだけど、誰が着てくれるんだい」  ははは、本多は笑いながら中島を見た。  3秒考えた。 「やってみましょうか」  中島は軽く答えた。本多監督の目つきが変わった。
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