3人が本棚に入れています
本棚に追加
中島は下着だけになり、石綿入りの袢纏を着ける。股下まであるので、膝が締まらない。さらに飛行服を着れば、いよいよ毛皮を二重に着込んだような気分になった。
よったよった、酔ったゴリラか直立したクマのような足取り。中島が甲板に進み出ると、皆が見て笑った。
「せっかく人が着たんだ。人形ではできない場所で撮ろう」
本多監督が指した所は、なんと零式戦闘機の翼の上だ。しかし、石綿の着込みのせいで足が上がらない。踏み台をもらい、なんとか翼に上がって立った。
小道具係が飛行服の背に仕掛けをする。ハケで薄く油を塗った。
中島は翼の上から周囲を見た。誰もが注目している。まるで主演俳優になった気分だ。しかし、他に火や煙の小道具は無い、ダメもとの撮影とわかった。
2台のカメラが見上げる角度で中島をとらえていた。横からの画角で、中島の横顔が写り込むはず。こんな撮られ方は初めてだ。大部屋俳優のはずなのに、主演俳優がとなりにいないのに・・・考えるのを止めて、じっと監督の声を待った。
「用意!」
監督が号令した。
カチンコが鳴った。監督の合図で、小道具係が中島の背に火を点けた。
中島はじっと待つ。監督からスタートの号令がかからない。
背中が熱くなってきた。自分からは見えないが、かなり火は大きくなったはずだ。
「よし、スタート!」
やっと声が来た。中島は翼から降りようとした。が、足が動かない、股下まである石綿の袢纏のせいだ。
えい、小さく跳び降りた。
ばったん、顔面から甲板に突っ込んで倒れた。立ち上がろうとするが、石綿のせいで手足が動かない、突っ伏したままもがく。
「よし、カット! 消せっ、消せっ!」
バケツの水がかけられた。じゅうっ、熱で水が蒸発するのがわかった。
最初のコメントを投稿しよう!