昭和28年9月 太平洋の鷲

4/5
前へ
/88ページ
次へ
 中島は下着だけになり、石綿入りの袢纏を着ける。股下まであるので、膝が締まらない。さらに飛行服を着れば、いよいよ毛皮を二重に着込んだような気分になった。  よったよった、酔ったゴリラか直立したクマのような足取り。中島が甲板に進み出ると、皆が見て笑った。 「せっかく人が着たんだ。人形ではできない場所で撮ろう」  本多監督が指した所は、なんと零式戦闘機の翼の上だ。しかし、石綿の着込みのせいで足が上がらない。踏み台をもらい、なんとか翼に上がって立った。  小道具係が飛行服の背に仕掛けをする。ハケで薄く油を塗った。  中島は翼の上から周囲を見た。誰もが注目している。まるで主演俳優になった気分だ。しかし、他に火や煙の小道具は無い、ダメもとの撮影とわかった。  2台のカメラが見上げる角度で中島をとらえていた。横からの画角で、中島の横顔が写り込むはず。こんな撮られ方は初めてだ。大部屋俳優のはずなのに、主演俳優がとなりにいないのに・・・考えるのを止めて、じっと監督の声を待った。 「用意!」  監督が号令した。  カチンコが鳴った。監督の合図で、小道具係が中島の背に火を点けた。  中島はじっと待つ。監督からスタートの号令がかからない。  背中が熱くなってきた。自分からは見えないが、かなり火は大きくなったはずだ。 「よし、スタート!」  やっと声が来た。中島は翼から降りようとした。が、足が動かない、股下まである石綿の袢纏のせいだ。  えい、小さく跳び降りた。  ばったん、顔面から甲板に突っ込んで倒れた。立ち上がろうとするが、石綿のせいで手足が動かない、突っ伏したままもがく。 「よし、カット! 消せっ、消せっ!」  バケツの水がかけられた。じゅうっ、熱で水が蒸発するのがわかった。
/88ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加