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小道具係が飛行服と石綿の袢纏を脱がしてくれて、ようやく中島は立ち上がった。
「くそう・・・全然、まるで動けなかった」
中島はNGを覚悟した。ひどい演技だった、編集で切られるだろう。
「はい、ご苦労さん」
監督が中島の肩をたたいた。軽く頭を下げ、中島はセットの隅で座り込んだ。
次の場面の準備が始まった。アメリカ軍の攻撃で、甲板で火災が起きるのだ。カメラの前で火を焚き、煙幕もかける。甲板員の衣装と顔はあらかじめ黒く汚してある。
撮影所で屋内場面を撮る。空母の艦内のセットが組まれ、実物大の零式戦闘機が運び込まれた。
中島も甲板員の衣装で入った。
「ああ、中島くん、それじゃダメだ」
本多監督に呼び止められた。
「でも、自分の役は」
「飛行甲板で燃えるとこ、撮ったろ。艦内でも飛行服を着てくれないと、画がつながらないよ」
「帽振れ-もやりましたよ」
「中島の兄弟が飛行士と甲板員で乗っている、そういう事にしよう。早く着替えて来なさい」
はいっ、監督に敬礼、回れ右で駆けだした。
あの場面はNGではない、中島は衣装部屋へ全速力で走った。
今年の春、特殊効果の雄、円谷英二が東宝に復帰した。
復帰にあたり、東宝が用意したのは600坪の屋外特撮ステージ。ステージと言っても、何も無い真っ平らなグランドだ。『ハワイ・マレー沖海戦』で造った真珠湾のセットを再現するには、これでも最低限の広さだった。
今回の『太平洋の鷲』では、ミッドウエー海戦の場面が重要になる。
ミニチュアの空母が特撮ステージに置かれた。20分の1スケールの空母は、長さが10メートル以上ある。その上に長さ50センチもある飛行機のミニチュアが並べられた。火と煙のスケールの問題から、これ以上は小さくできないのだ。
海面は画面から外して撮るので、地面に置かれた空母が可笑しく見えた。
中島は撮影を見学した。
ぱぱぱっ、派手な音でミニチュア空母の上は火花と火炎に包まれた。小さなキノコ雲が立ち上がる。
空母が炎上して横転する場面は、このミニチュアを漁船にかぶせ、実際の海に浮かべて撮る計画である。
10年前は勝つ戦争映画を作っていたのに、今度は負ける戦争映画を作る。なんか違う・・・胸にこみ上げるものがあった。
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