昭和28年11月  さらばラバウル

2/6
前へ
/88ページ
次へ
 夜の撮影が無ければ、大部屋俳優は早く帰れる。  金が無いから、やる事は体を鍛えるために走るくらい。安い料理で腹を満たせば、電気代を節約するため早く寝るだけだ。  廊下の足音を子守歌に、何度か寝返りをした。と、がらっ、近くの戸が開いた。  どしどし、足音が枕元に響いた。  ずしっ、布団の上に何かが乗って来た。中島は何者かを布団ごとはねのけ、立ち上がる。電球を点け、部屋を見渡した。 「あっ!」 「あれえっ?」  素っ頓狂な声で下着姿の二人は顔を見合わせた。  ジン・ヨーコが部屋を間違えたあげく、中島の布団に潜り込もうとしたのだ。部屋を見て、ヨーコは間違いに気付いた。 「女に夜這いをかけられて、おれは嬉しいけど。レコード歌手になるんだろ、君はまずいよな」  中島は布団の上に腰をおろした。ヨーコは声も無く泣き始めた。 「レコード歌手、もうダメ。店もクビ、オモニもどっかへ行った・・・」 「そんな・・・」  ヨーコがオモニと呼ぶジン・ソヨンは、ジン・ヨーコのレコード歌手デビューを仲間内に宣伝した。ヨーコが歌うクラブに、ソヨンが呼んだ客が押し寄せた。ソヨンとヨーコは朝鮮系ゆえ、呼び込んだ客も朝鮮系が多かった。が、客が北と南に割れてケンカを始めた。店が破壊され、店主は朝鮮人客の入店を禁止とした。ついでに、従業員の中から朝鮮系も解雇した。歌手のヨーコも解雇されてしまった。ラジオ局とレコード会社もトラブルを嫌い、ヨーコと縁を切った。 「せっかく朝鮮の戦争が終わったのに、日本で続きをしなくても、ううっ」  中島もため息しかつけない。 「おっ母さんは、どうしたの?」 「もっと歌のうまい子がいる、と言って・・・いなくなった」  ヨーコとソヨンの二人を、中島は親子だと思っていた。実は、名字が同じだけだったらしい。朝鮮では、名字の種類が極端なほど少ない。 「あたし、もう一人。どうして良いか、まるで分からない」
/88ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加