昭和28年7月

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「できるかどうか、一回、落ちてみましょう」  中島の提案に、皆がギョッとした眼差しを向けた。  故郷の山形では、子供の頃から川遊びをした。橋からの飛び込みと素潜りには少々の自信がある。  へへっ、中島は笑って鼻をこすった。欄干に腰掛け、さらに手をついて身を低く屈めた。そこから転がるようにして、橋から身を投げた。  水深は浅いので、頭から落ちても足から入っても、底に体が着いてケガに通じる。この場合は、体を横にして尻から、あるいは背中から着水するのだ。  ばっしゃーん、どでかい水しぶきか起きた。  体を大の字にして着水したものだから、しぶきが横へ盛大に広がった。一度は全身が沈んだが、すぐ浮き上がる。橋の上で見る監督に笑顔で手を振った。  ぱちぱち、安西は手を叩いた。 「すごい、すごいよ。この水しぶきなら撮る価値があるぞ」  いてて・・・と中島は声に出せない。  子供の頃は体が軽かったので平気だった大の字落ちだが、大人になって体が重くなった今、水面が板のように固く感じた。けれど、これで撮影が始まる。もう一度落ちて、痛い思いをする。  ふっ、こんな事ができるのは俺だけさ。中島は鼻息で気合いを入れた。  河津清司郎はベテランの俳優だ。もっぱら悪役を演じている。今回の役柄は仇討ちを受ける浪人だ。河原で仇討ちに逢い、そのまま川に流されて終わりを迎えるはずだった。  さて、撮り足しである。手傷を負い、よろける足取りで橋の上に来た。前には白装束の仇討ちが、後ろには助太刀が立つ。追い詰められ、河津は橋の中央で欄干に寄りかかる。 「カット! はい、みんな動かないで。河津さん、中島と入れ替わる」  監督の号令一下、橋の両側の俳優は動きを止めた。中島は走って橋に上がり、河津に寄る。  背丈は同じくらいでも、肩幅は若い中島の方が広い。カメラに体を正対させなければ目立たないだろう。
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