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「中島先生、よろしく」
河津は場を退き、中島が欄干に寄りかかった。よろしく、とベテランから持ち上げられた。若手としては力が入るところ。
「手は、もうちょい先ね」
中島の姿勢に一口入れて、河津は橋から降りた。カメラマンがオーケーサイン、フレームから河津の姿が出た。
顔を下向きにしても、中島は橋の両側で動かない俳優たちを見ていた。どれも見知った大部屋俳優だ。今日は、彼らもふき替えだ。
「用意・・・スタート!」
監督の号令だ。
中島は欄干にもたれながら、少し体を起こす。が、次には脱力して欄干に突っ伏し、ずるりと腰が欄干を越えた。
ばっしゃーん、大きな水しぶきがひろがった。
水に沈んで、中島は体を回転させた。背中から水面に浮き上がる。これも演技の内、悪役が切られて死んだのだから、顔を上にして浮き上がるのは無い。
1・・・2・・・3・・・中島は水の中で数えていた。息を止めて死体の演技も楽じゃない。
・・・9・・・10・・・まだカットの声がかからない。少し焦れた。
「はい、カット! おーい中島くーん、なかじまぁっ!」
水の中でも、安西監督の大声は十分聞こえていた。
中島は悠然と足を水底に下ろし、起き上がった。頭に手をやり、かつらを確認した。ずれてない、これがふっとんでいたら撮り直しだった。
「脅かすなよ」
助監督やカメラマンも安堵の笑みを投げてくれた。
中島は衣装部屋に入る前に裸になった。悪役らしい大袈裟な衣装はずぶ濡れ、衣装係に返して風呂へ入った。
湯に全身を沈め、鯨のように頭を出して息をついた。普通なら、名のある俳優や女優くらいしか風呂は使えない。大部屋俳優が撮影所の風呂に入るのは、こんな機会だけだ。
がらら、戸が開いて、河津清司郎が入って来た。
「おおっ、中島先生、いらしたんですね。ささ、お背中、流しましょう」
「やだなあ、逆でしょう」
ままま、と河津は強引に中島の背をとった。若手としてはベテランの誘いを断り切れない。
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