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寺田が新聞を開いた。
ソビエト連邦政府の発表である。8月12日、初の水素爆弾の実験が成功とある。爆発力はTNT火薬にして400キロトン、広島型原爆の20倍以上だ。地震波の観測から、アメリカ軍も爆発を認めていた。
「400・・・20倍・・・か」
中島は首をひねった。数字が大き過ぎて、どうにも想像ができない。
「広島型原爆が皇居の上空で爆発したとすると、焼け野原になるのは山手線の内側くらいだ。けども、ロスケの水爆なら、この世田谷の成城まで火の海になっちまうのよ」
「ここいらまで、かよ」
ひええ、中島はうなった。
先月、朝鮮戦争が休戦となった。しかし、単にドンパチが一時休みになっただけ。平和は見せかけかもしれない。
盆休み明け、中島春雄は黒沢組へ行く事になった。
脚本をもらうと、野武士の斥候1が役どころ。しかし、セリフは斥候2が主で、斥候1は「おう」とか「うむ」とか応えるだけだ。ふき替えではないが、少し落胆した。撮影所内で、毛皮の陣羽織みたいなのを着て衣装合わせ。写真を撮って、よしとなった。
そして、静岡県御殿場のロケ地に向かうよう指示された。
夜行列車に乗り、翌日の早朝、駅前の松屋旅館に着いた。そこは黒沢組の常宿、スタッフとメインキャストが勢揃いで待ち構えていた。
ようやく、斥候2を演じる上田吉二郎と顔合わせとなった。
朝飯をもらい、顔を洗おうとしたら、黒沢監督が声をかけてきた。
「そのまま、そのままで。さあ、現場に行くぞ」
「でも、ヒゲも剃ってないし」
「ヒゲなら、もっと伸ばしてね。半分寝ぼけた感じも良し、斥候だからね」
黒沢明は43才、働き盛りだ。体からエネルギーがこぼれるよう。
強引にバスへ乗せられた。若手の大部屋俳優ゆえ、座らずに吊革につかまった。
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