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小さい頃の夢
「ヨリコ、何言ってんだよ」と僕はドギマギしながら聞いた。
「あれ、なに赤くなってるの? もしかして万に一つでも、あんたが私にテストで勝てるなんて思ってるの?」
そう言われてようやく、彼女が冗談を言っていたことに気がついた。少しでも本気にした自分が恥ずかしく、なにか気の利いた返事ができないか頭を回転させた。
「いや、俺は勝つよ、ヨリコに。俺はやればできる男なんだ」
そう言うと、なんだか本当にやれそうな気になってきた。
「なによ、急に目を輝かせちゃって」と今度はヨリコがおどおどしだした。「あんたって、昔からスケベなんだから」
「そういえば、俺にも小さい頃からの夢があるのを思い出した。ヨリコと一緒に風呂に入ることだった」と僕は思い出して、腹をかかえて笑い出した。ヨリコも思い出して、一緒に大笑いした。
僕らの間には幼い頃、僕がヨリコにエッチなことを言って、ヨリコが僕をビンタするというお約束のやりとりがあった。とくに「ヨリコ、一緒に風呂入ろうよ」という冗談は定番中の定番だった。その習慣は小学生のころの長い間続いたが、中学生になるとさすがに思春期の自意識により消滅してしまった。そして高校生になった今、久しぶりに二人のお約束を再現できて、なんだかほっこりした気分になったのである。
「冗談はともかく、ほんとに勉強頑張らないと、いろいろ手遅れになるよ」とヨリコは真面目な顔で言った。
「冗談じゃない。僕は本当にヨリコに勝つよ」
「あらそう」
「だから、本当に勝ったら、本当にお風呂一緒に入ると約束してくれ」
と僕は酔ったような気分で言った。僕は勇気のいるセリフでも、頭を真っ白にして勢いで言い切るという特技をもっていた。
ヨリコは、うつむいて考えていた。そのときになって、ようやく僕は、自分がとんでもないことを言っていることに気づいた。これは一つ間違えたら、彼女と僕の関係が変わってしまうかもしれない、微妙な話だったのだ。
だから、ヨリコがパッと顔をあげて「いいよ」と言ったときには、僕は心からホッとした。
ホッとしすぎて「でも、私が勝ったら、グッチの財布買ってね」という彼女のセリフに、よく考えずに「もちろん」と言ってしまったことに、家に帰ってから後悔の念が押し寄せた。
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