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17歳の夏のことだった。
熱いマウンドで白球を追いかけて僕は何度も何度も走り回って、飛び込んで、吹っ飛んで、汚れた。
僕の夏で、僕の青春。
相方のグローブはだんだん色あせていって、他の人からすると「汚いっ」ってよく言われてた。
でも僕にはそれが歴史で、そして努力の証だと思うんだ。
そんに夏のある日のことだった、僕は夏の暑さのせいだと思っていた、めまいが本格的に辛くなってきてお腹が裂けるように痛く、マウンドで倒れもがき苦しんで運ばれた。
気がついたら病院のベッドの上で母さんがそばに居てくれた。
なんつーか、スゲー恥ずかしかったけど、でもそれよりも嬉しくて、そして心配かけたことになによりも申し訳ないと思ってた。
少しすると堅物の父も来てくれて、なんか俺が主役のパーティみたいですごく心地よかったのを今でも覚えてる。
そんな入院生活も長くは続かなかった。
俺の病名は医師と父から聞かされた。
癌。末期。末期の癌。
助かる見込みはなく、入院した大学病院でも手の施しようがないほど進行していたらしい。
自分ではまったくわかった分からなかったが、そうだったのか。
まるで他人事のように僕は僕のことを受け入れた。
そうするしかないじゃないか。
父も母さんも泣いている中で僕まで泣いたら、話は進まないじゃないか。
受け入れるしか、僕にはなかった。
その夏の終わりかけの頃、大学病院の先生たちから「すすきの病院」に転入することを進められた。
いや、半ば強制だった。
助からないと分かると、先生は途端に僕と会う時間を減らした。
少なくとも僕にはそう思う。
そして、入院用のベッドが足りないと言い、家族に入院費の値上げを伝えているところを聞いてしまった。
両親はそれでも治療をして欲しいと懇願していたが、医師の方はどうも納得はしていなく、そこで僕に話が回ってきたというとこだった。
すすきの病院。
僕には医療の知識もないし、病院の善し悪しもわからないが、僕の最後を飾るには、まぁいい名の病院じゃないか。
秋に死ぬ僕にすすきとはこれはまた運命なのだろう。
僕は二つ返事で転入院をすることになった。
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