2.人の記憶

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2.人の記憶

 山本さんちで夜の一番にお風呂に入るのはお婆ちゃんだ。 「ああああああ」 「おおおおおお」  七十歳を過ぎてもシルバー派遣で走り回ってる智子お婆ちゃんはお風呂に浸かるとうるさい。 「賑やかだね」 「ああ、浸かりながら体を揉むんだ。ずっとこうだよ。うるさいけど、嬉しいうるささだ」 「頑張ってる人の声だね」 「うん。顔を何度もチャプチャプするから忙しいんだ」 「いいなぁ、そっち。景色変わって楽しそう。私ずっと排水溝と蛇口の往復よ」 「こればっかりは運さ」 「ちぇ」 「はいはい、左足さん」 「あ、独り言も始まった」 「時々喋るんだ、機嫌のいい時だよ」 「へえ」 「ようやってくれとるよ、次右足さん。ほっ、モンローみたいな足やったのにね、今ゾウさんやね」 「モンロー?」 「マリリン・モンロー映画女優だよ、ハッピーバースデープレジデント。僕の七十六個目の記憶」 「へえ。映画関係なら私の十八個目、武田鉄矢と桃井かおり」    「ふぅん」  僕は知っているような気もするし、思い出せそうな気配を感じながら、でもやっぱり落下のスピードに思考はちぎれていく。 「さー、あがってビールをキューっといきますか」  お婆ちゃんがお風呂を出る。  閉められた蓋の下で、ピト。ピタ、ピットン。ピットン。  カランからタ、タ、タ、タ。 「百個目となると、もうここには長いの、先輩」 「あー、もう何年になるかな」 「そんなに?」 「そんなに」  無人になった山本家のお風呂場で、僕と相棒は話しをする。次にお母さんが幼稚園児のヨウちゃんと入って来るまで。
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