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4.お先に
朝に上のお兄ちゃん、日が暮れてお婆ちゃん。晩御飯を食べてから、お母さんとヨウちゃん。山本さんちの四人がかわるがわるお風呂場出入りして、僕と相棒は落下を繰り返しながら、記憶の半分を待っている。
「母さん、あがるから出てってよ」
「あー、いいお湯でした、お先でした」
「あちー、ジュースジュース」
「ヨウちゃん、髪の毛ちゃんと拭かないとー」
ピチョン、ピッチョン。
タタ、タタタ、タ。
僕と相棒二人、二人だけになると落下の駄賃にお喋りに花を咲かせていたけど、繰り返される毎日に、そろそろ記憶の話も尽きてきた。僕はまだストックがあったけど、相棒はまだ年若いから。
「いいよ、僕の話を聞いてくれよ」
「はい、先輩の話聞くの好きです」
「記憶の九十二個目は行けなかった卒業式、桜を散らす雨が僕だった時だ」
「はい」
僕の記憶の数々。人だった頃の記憶と、雫になって聞いた声、見た景色が半分ずつ重なって僕の中で一個になっている。話して聞かせる度、記憶の輪郭が濃くなるようで気持ちが強くなる。
「九十三個目は噴水だった頃」
「小便小僧ですか?」
「それは内緒だよ」
集まった記憶、九十九個。百個目を待ってたどる、人へとジャンプする一歩手前の僕。相棒はまだまだ先の話だなと、思っていたのに。山本さんちからのジャンプは相棒の方がお先に、だった。
「ヨウちゃん頑張ったねー。カッコよかったよ。セリフ全部言えてたね」
「助太刀いたす!!」
「かっこいいー」
「もう悪さをしてはいけないぞ」
「よっ、千両役者」
「栗の役楽しかったよ」
「うん、すごくよかった」
タタ、タタ。緩んだカランからこぼれて落下を繰り返す雫の音が、一滴、際立って鳴る。タン。
「あ、」
「ああ」
「猿蟹合戦、ああ、私は蜂の役をやりました、小学校の紙芝居で、谷口君がナレーションだった。初恋の相手」
「ふうん」
「先輩、お先に」
「ああ」
いいお湯だったかい? 僕は相棒と話している時間、いいお湯加減だったさ。
また、人同士で会えるといいね、ピッチョン、ピットン。
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