4話

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荒い息のまま自室に飛び込んだ。 そのままずるずると座り込んで、手のひらで顔を覆うようにする。 手のひらからは少量の水では洗い流せなかった澱みが嫌な匂いを発していた。 物理的には存在しないものが匂うなんて、あり得ないだろうが確かに自分の手からは腐臭がしている。 流さないとこのまま染み込む。それは知識としては分かっている。 だが、動きたくなかった。 あんな風に、優しく笑いかけるところなんか見たくなかった。 いっそ泣いてしまえたら楽なのかもしれない。 だが、涙は出る気配はない。 五十嵐という転校生が、嫌な奴だったら良かったのに。あんな、誰からも好かれそうな人間で、あの人も優しく笑いかけていて、それに比べて自分はどうだ。 愛想の欠片もなく、顔も平凡なもの。ひねくれているという自覚もある。 長い長い溜息をついて顔を覆った手を放すと、真っ白な糸が目に入った。 こんなもの、無ければ、せめて見えなければ俺はもう少し可愛げがあったのだろうか。 意味の無い問答だ。 ふらふらと立ち上がって、バスルームへ向かった。 少し熱めのシャワーで全身を洗って出ると、同室者の山田が共有スペースでだらだらとテレビを見ていた。 俺の方を見て目を見開く山田は勢いよく起き上がると、俺の前に駆け寄ってきた。 「ちょっ!?具合悪いのか?風呂なんて入って大丈夫か?」 「あー、まあ。」 適当に答えると、山田はキッチンにある冷蔵庫からゼリータイプのエネルギー飲料を取り出して渡した。 「夕飯も食ってないんだろ?それ飲んで良く休め。悪化するようなら保健医呼んでやるから。遠慮するなよ。」 「……ありがとう。」 冷たいそれは、熱のある体に正直ありがたかった。 お礼を言うと、ニカリと笑顔を浮かべ「どういたしまして。」と答えた山田にそっと笑い返すと自室のベッドに横になった。 もう、何も考えたくなかった。 先程の作業が疲れたのだろう。 直ぐに瞼が重くなって、深い深い眠りに落ちた。 その日、見た夢は切ないけどとても幸せなものだった。 あり得ない未来を描いた様な夢に、それでも俺は期待しているのかと起きてから自己嫌悪で死にたくなった。 痛む胸は気づかない振りをする以外の方法を俺は知らない。
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