アダム&アダム

6/7
15人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
    *    *    *  ふたりの暮らすマンションを飛び出した雅は、電車で五駅ほどの場所にある、元は姉の使っていたアパートに向かった。姉が嫁いでいった後は、物置として利用されており、そこは雑多なもので溢れかえっていた。かろうじて物が無い、セミダブルのベッドに腰掛ける。  こんな時でも律儀に、姉への郵便物は混じっていないかと大量のチラシ束をポストから取ってくるのが、雅らしい。悲しくて寂しかったが、それを一枚一枚確認する作業に没頭する事で、気を紛らせようと思った。  と、手が止まる。小さな紙切れには、『アダム&アダム』と書いてあった。『出張ホスト』とも。誰かに話を聞いて欲しかった。『出張ホスト』の意味もよく分からないまま、雅は刹那的に携帯でその番号を押していた。  住所を告げると、「三十分ほどで伺います」、と言って電話は切れた。後は今日のベッドの準備の為、シーツなどを取り替えていた雅だが、それが終わってしまうと、急に不安になってきた。みも知らない人物が訪ねてきたって、この寂しさを埋めてくれるとは思えない。キャンセルの電話をしようと、雅が再び携帯を手に取った時だった。チャイムが鳴ったのは。  間に合わなかった。物置になっているこの部屋を今訪ねてくるのは、今しがた呼んだ『出張ホスト』のみだった。何となく背徳感に胸の鼓動を抑えながら恐る恐るドアを開けると──そこに立っていたのは、見た事も無いスーツできっちりと身をかためた、大悟だった。  目が合った瞬間、ふたり同時に声が上がった。 「大悟……!」 「雅……!?」  大悟が、顔を歪めて即座に詫びた。 「悪りぃ、雅……! 訳があって……!」  その必死さに、よく訳が分からないながらも、雅は部屋の中へ大悟を導いた。 「……物置にしてるから散らかってるけど……入って」 「悪りぃ! この通りだ!」  ベッドにふたり腰掛けると、大悟はうな垂れた。 「その……お前の手術費を、稼ぐ為に……」 「俺の……?」 「ああ、一週間前から始めた……。でも、お前を裏切った事には変わりがねぇ……」  『裏切り』。その言葉で、雅もようやく話が飲み込めてきた。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!