15人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
* * *
「お願い雅、十日だけで良いから」
バツイチの姉にそう頼まれ、甥っ子を預かった事がきっかけだった。四歳の甥っ子、太一(たいち)は雅によく懐いていて、快諾するのには何の問題も無かった。仕事は、幼稚園の送り迎え。ふたりで手を繋ぎ、『ロンドン橋落ちた』を歌いながら、道のりは楽しいものになった。
「おはよう先生!」
「おはよう、太一くん」
意外にも、迎えてくれたのは背の高い保父だった。てっきり女性の先生だとばかり思っていた雅は、若干の驚きを隠しつつ声をかけた。
「おはようございます」
「おはようございます。加藤大悟です。太一くんのお身内の方ですか?」
「はい、太一は姉の子です。旅行に行くから、十日間預かる事になって」
「そうですか。よろしくお願いします」
大悟と名乗ったその保父に、太一は飛び付くようにして遊びをせがむ。感じの良い人だな、と思い、雅は幼稚園を後にした。
常と違う生活というのは早いもので、それから数日経ち、男同士という事もあって、大悟と雅は太一の送り迎えの際、たびたび話し込むようになった。太一にとっては、大好きな先生と叔父が仲良くなるのは嬉しい事で、ふたりの顔を見比べては、楽しそうにはしゃぐ。
そして、子供ならではの感性で、すっかり親しくなった大悟と雅に向かい、こう言った。
「先生と叔父ちゃん、好き同士なの?」
雅はやや言葉につまったが、大悟は手馴れたもので、
「ああ、そうだ」
と返す。
だがこれには、ふたりとも声を失った。
「じゃあ、ケッコンしちゃえば? 好き同士は、ケッコンするんでしょ?」
目を見合わせ、笑いあったが、雅はやや心臓が早鐘を打つのを感じていた。大悟はと言えば、
「そうだな。でも、雅さんにもう好きな人がいたら、無理だな」
のらりくらりとかわして笑う。子供の言葉は正直だが、時に大人たちを弄ぶ。
「いないよ! だから先生と叔父ちゃん、ケッコンして」
「太一」
雅は困ったようにたしなめたが、大悟は言った。
「よっし。じゃあ、ケッコン申し込んじゃおうかな」
「大悟さんまで……!」
隠しようも無く、頬が紅潮するのが分かった。たわいもない子供の言葉に翻弄されるなんて、と雅は逃げ出したい気分だった。早々に帰ろうとする雅を、大悟がクスクスと忍び笑って見送ってくれた。
「また明日、太一、雅さん」
最初のコメントを投稿しよう!