忘れられた男

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どれくらいの月日が流れたのだろうか。時間から忘れられているのに、時間を気にしなくてはならないのは不愉快でもあった。たくさんの人でごった返す中、僕は誰にもぶつかることなく、目的の場所にたどり着いた。 目の前には大きなビルがある。そしてそこには大きな電光掲示板が時を示していた。時間は12月31日の23時59分。そうか、今は12月31日の23時59分なのか。 どこかで声がした。それに合わせて周囲も同じ言葉を発し始めた。それは波紋のように広がり、いつしか大合唱になっていった。 「さーん!にー!いーち!!」 電光掲示板の数字は全て0になった。瞬間、あっちこっちからおめでとうの声が響いた。全てが僕の耳に届いた。その中で、忘れられない声が、僕の心をつらぬいた。 「ほら、暴れないの。わかったから上着を着なさい」 「ママ!ママ!すごいよ!みんないっせいににわーってなった!!」 「こらこら、ママの言うことを聞かないと風邪ひくぞ」 「風邪はやだ!」 「それじゃあ、ちゃーんといい子にしてしてないと」 「はーい」 そこにあったのはごく普通の、だけど僕が手に入れることはない、温かくて優しい家族の姿だった。
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