本編

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 目が覚めると、大量の汗をかいていた。 まるで、水を被ったかのようで、のっそりと身を起こした彦蔵は、倦怠感を振り払うように一つ深い溜息をついた。  暮れとはいえ夏だ。寝汗をかいても不思議ではないが、夜から払暁(ふっぎょう)にかけて草雲雀が鳴き、日に日に秋の気配が濃くなっている季節である。  ただ、寝汗の原因が暑さではないという事は、彦蔵には判っていた。夢を見たのだ。それはかつての記憶。二十年前。十五歳だった彦蔵が弥太郎と名乗り、故郷の夜須で庭師の見習いをしていた頃のものだ。 (なんという日に、なんという夢を見たものか……)  今日は妻だった喜勢の四周忌なのだ。正確に言えば、喜勢と彼女を死に至らしめた(もの)の命日。今日はその四周忌となる。  彦蔵は立ち上がると、諸肌になり全身の汗を手拭いで丹念に拭き上げた。  それから、戸を開けると、まだ薄暗い夜明け前の空があった。僅かに残った夜気を含んだ肌寒い風が、吹き込んでくる。 (やはり、暑さのせいではないな)  昨夜の夢は、思い出したくない、それでいて忘れられない記憶(もの)だった。     
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