5人が本棚に入れています
本棚に追加
/17ページ
あけりが、先月一緒に住もうと言っていたのだ。別に〔きせ〕の女将さんになるつもりはない。ただ一緒にいたいのだと。彦蔵は、その申し出を断るでもなく、ただ笑って誤魔化していた。一人が気軽だっという事もあるが、あけりを独占したくないと思ったからだ。あけりは若い。歳も離れている。あけりの歳に見合った男が出来れば、身を引こうと思っていた。だから共に暮らす事は、その機会を奪うものだと思い誤魔化したのだが、結果としてその気遣いがあけりを殺す事になった。
橋を渡り今川町に入ると、後悔よりも憤怒の念が強くなってきた。
下手人は誰なのか。何故、あけりは殺されなくてはならなかったのか。
最近、女を狙った辻斬りが流行っている。町奉行所が血眼になって捜査しているそうだが、一向に捕縛出来ないでいる。もしかすれば、あけりを殺ったのは、そいつなのだろうか。
◆◇◆◇◆◇◆◇
彦蔵が動き出したのは、あけりが死んで十日後だった。
すぐに動かなかったのは、彦蔵なりの用心でもあったし、単に〔きせ〕が忙しかったという事もある。
まず、あけりが働いていた佐賀町の料亭に顔を出した。
屋号は〔福寿庵〕といい、母屋の他に離れの部屋も有した大きな料亭である。そこの主は宗吉という若い男だった。宗吉とは何度か顔を合わせた事もあり、かつ〔きせ〕がそれなりの店であるので、すぐに話は通った。
彦蔵は座敷の一つに通され、宗吉が応対に現れた。客はいるようだが、まだ昼間なので忙しくはなさそうだ。
「彦蔵さんがあけりと遠縁だったなんて初耳でしたよ」
「そうなんですよ。私の母親とあけりの母親が親戚でして。それが縁で何気なしに助けていたのです」
最初のコメントを投稿しよう!