本編

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 あけりが、先月一緒に住もうと言っていたのだ。別に〔きせ〕の女将さんになるつもりはない。ただ一緒にいたいのだと。彦蔵は、その申し出を断るでもなく、ただ笑って誤魔化していた。一人が気軽だっという事もあるが、あけりを独占したくないと思ったからだ。あけりは若い。歳も離れている。あけりの歳に見合った男が出来れば、身を引こうと思っていた。だから共に暮らす事は、その機会を奪うものだと思い誤魔化したのだが、結果としてその気遣いがあけりを殺す事になった。 橋を渡り今川町に入ると、後悔よりも憤怒の念が強くなってきた。  下手人は誰なのか。何故、あけりは殺されなくてはならなかったのか。  最近、女を狙った辻斬りが流行っている。町奉行所が血眼になって捜査しているそうだが、一向に捕縛出来ないでいる。もしかすれば、あけりを()ったのは、そいつなのだろうか。 ◆◇◆◇◆◇◆◇  彦蔵が動き出したのは、あけりが死んで十日後だった。  すぐに動かなかったのは、彦蔵なりの用心でもあったし、単に〔きせ〕が忙しかったという事もある。  まず、あけりが働いていた佐賀町の料亭に顔を出した。  屋号は〔福寿庵〕といい、母屋の他に離れの部屋も有した大きな料亭である。そこの主は宗吉という若い男だった。宗吉とは何度か顔を合わせた事もあり、かつ〔きせ〕がそれなりの店であるので、すぐに話は通った。  彦蔵は座敷の一つに通され、宗吉が応対に現れた。客はいるようだが、まだ昼間なので忙しくはなさそうだ。 「彦蔵さんがあけりと遠縁だったなんて初耳でしたよ」 「そうなんですよ。私の母親とあけりの母親が親戚でして。それが縁で何気なしに助けていたのです」     
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