本編

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 彦蔵は、全身が硬直するのを感じた。幾ら足を洗ったとはいえ、盗賊は盗賊。役人に対しての警戒心が消える事は無い。 「こりゃ、〔きせ〕の彦蔵じゃねぇか」 「これはこれは、大佛様」 「浜五郎に仕事を押し付け、お前は散歩かい?」 「へぇ、まぁ」 「天気もいいしなぁ」  と、ニヤニヤとしながら近付いてくる。彦蔵は丹田に力を込めた。  この大佛という男は、普段こそ賄賂をせびる事しか考えていないように見えるが、その実かなりの切れ者だと彦蔵は思っている。身のこなしといい、時折投げかける言葉選びといい、大佛には剃刀を思わせる鋭さがある。 「しかし、散歩にしちゃコソコソし過ぎだぜ」 「コソコソ? 私がでしょうか」 「お前以外にいるかよ」 「さて……」 「しらばっくれてんじゃねぇや。福寿庵へ行ったり、中川町の裏店へ行ったり。お前、あけりってぇ女の下手人を探してんじゃねぇのか?」  大佛が、顔を寄せて耳打ちした。 「……」 「お前があけりの男ってこたあ、もうとっくに調べがついてんだよ」  その一言が、彦蔵の肺腑を突いた。  やはり、判ったか。想定していたが、そこから言い逃れる術を思いつかないでいた。  大佛が、厭らしく笑む。彦蔵は表情こそ崩さなかったが、背に冷たいものを感じた。 「何とか言ったらどうなんだ?」 「確かに……。私の、女でございました」     
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