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彦蔵は、まだ五つの妹の手を引いて、夜須城下郊外にある曩祖八幡宮の縁日に出掛けていた。
妹は朝から大変なはしゃぎようであった。それもそのはずで、兄妹二人して出掛けるのは久し振りだったのだ。
兄と妹、両親が流行り病で死んでから、貧しくも二人で生きてきた。唯一無二の家族。しかし、昼は庭師の見習いとなり、夜は夜で内職に励んでいる彦蔵にとって、妹に構う時間は殆ど作れなかったのだ。
故に妹は喜び、それを彦蔵は苦笑して見ていたものだが、それが仇となった。
「もう兄ちゃんったら、歩くの遅いよ。早く、早く」
と、繋いだ手を振り払って走り出した妹は、酒屋から出て来た男にぶつかってしまったのだ。
男は武士だった。それも、上士の者に見えた。立派な身なりで、数名の供を従えていた。
彦蔵はすぐさま謝ろうと駆け出した時、男の腰から眩い光が伸び、妹の身体を両断した。
まず、上半身がくるりとこちらに向いて傾き、下半身もその一呼吸後に崩れ落ちた。
何が起こったのか。彦蔵には状況が飲み込めなかった。ただ、妹が二つ断たれ、斃れた。その現実だけが、脳裏にあった。
一瞬の出来事に呆然とする彦蔵の思考を引き戻したのは、群衆の悲鳴だった。
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