本編

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 匕首(ドス)は護身用である。そこそこの身代(しんだい)となったからには、これぐらいの準備は必要であるし、事実これをちらつかせて避けれた危険もあった。そこまで用心深いくせに、裏長屋に棲むのだから、我ながらその矛盾がおかしくもある。  匕首(ドス)を初めて使ったのは、妹が殺されて翌年。相手は、磯貝忠五郎(いそがい ちゅうごろう)。妹を無礼打ちにした、夜須藩士である。  妹を殺され、天涯孤独となった彦蔵に残されたものは、復讐しかなかった。  一年、磯貝という男を追った。上級藩士である大組に属し、当時夜須藩を牛耳っていた首席家老・犬山梅岳(いぬやま ばいがく)の側近の一人であった磯貝が、どこに住み、どう生活し、どこで狙えるのか。執念深く機会を待ち、そしてある日の夜、彦蔵は庭師で培った身軽さで屋敷に忍び込むと、寝ている磯貝の首を掻き切って殺した。  それから夜須を抜けた彦蔵は、盗みを働きながら江戸へと下り、そこでも盗賊稼業を続けた。  持ち前の身軽さと忍び込む妙技から、鼬の神様という意味の〔鼬目天(ゆうもくてん)〕と呼ばれ、裏で名を馳せるようになった。盗みは独り働きで、押し込み先は武家ばかり。武家を狙うのは、妹を武士に殺された恨みがあるからだ。その憎悪は激しく、磯貝を超え身分そのものに及んでいた。故に、町奉行所や火盗改からは、〔侍嫌いの鼬目天〕とも言われていた。     
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