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だが、その盗賊稼業とも六年前に足を洗った。きっかけは、喜勢との出会いだった。
喜勢は料理人の娘で、神田の料亭に奉公に出ていた。そこで彦蔵は喜勢と出会い、物静かな性格であるが、心細やかな気配りが出来る人柄に惚れた。彦蔵は没落した大店の妾腹の子という肩書で近寄り、実際その経歴も買った。江戸の裏世界には、そうした人生の売買もあるのだ。
盗賊から足を洗って半年後、喜勢と夫婦になった。盗賊稼業でため込んだ銭で料理人を雇い、〔きせ〕を始めたのもその頃だった。暫く二人の穏やかな日々が続いたが、それも長くは続かなかった。四年前の今日。喜勢の中に宿った子が、何よりも尊い喜勢の命を奪ったのだ。
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店に出ると、板場で浜五郎が一人、仕込みに追われていた。
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