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浜五郎は喜勢の弟で、彦蔵の義弟にあたる。十年ほど浅草の料亭で修行し、喜勢の死をきっかけに引っ張ってきたのだ。浜五郎は派手ではないが一本気で、人当たりもいい。故に彦蔵はこの義弟を可愛がり、いずれ〔きせ〕を継がせようと、少しずつ店を任せている。その事で、店の者が依怙贔屓と不満を漏らしているという事は知っている。しかし彦蔵は構わなかった。これも主になる為に乗り越えるべき壁であり、浜五郎はいずれそうした雑音を実力で黙らせるであろうと彦蔵は信じている。
「旦那様、おはようございます」
浜五郎が板場から顔を出した。出汁のいい香りがする。
「おう」
彦蔵は土間席の一つに座った。〔きせ〕には土間席と、一階と二階を合わせた六つの座敷を有していた。座敷は一間貸し切りで、芸者を呼ぶ事も出来る。座敷の高級さと、土間席の気軽さ、その両方を兼ね備えた店が、江戸っ子に受けているのだという。
彦蔵はそうした評判を、どこか他人事のように聞いていた。この店は、喜勢の為に作ったものなのだ。いつか女将をしてみたい。その夢を叶えてあげたのである。その喜勢がいない今、〔きせ〕を更に大きくしようという情熱は無い。
「浜、二人の時は兄貴で構わんよ」
そう言うと、浜五郎は「へへ」と笑みを浮かべた。
今、〔きせ〕に住んでいるのは、浜五郎とその妻・美代の二人だけだった。美代はお腹が大きく、裏で休んでいる。奉公人も、まだ店に来ていない。
「兄貴、何か食べますか?」
「ああ。飯に沢庵と茶でいい」
「冷や飯しかないのですが」
「構わんよ。飯に熱い茶をかけて持って来てくれ」
「へい」
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