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浜五郎は奥へ引っ込み、暫くして二人分の茶漬けを運んできた。それを二人で啜った。古漬けの沢庵の酸味が、茶漬けにはよく合う。
この食べ方を、喜勢はよく咎めたものだ。
「ちゃんと、菜を食べてくださいよ」
あの時の声は、今でも鮮明に思い出す事が出来る。
「今日は店を任せていいか?」
「勿論です、兄貴。今日は姉さんの命日ですから」
「すまんね」
「でも、兄貴。そろそろいいんじゃないんですか?」
「そろそろって何だよ」
「やだなぁ。後添いですよ。いつも言っているじゃないですか」
「お前なぁ、あいつの命日にそれを言うか」
「姉さんに義理立てする事はないですよ」
それは彦蔵の再婚話である。浜五郎は、どうも彦蔵に後添いを取って欲しいようだ。彦蔵に決まった女はいるが、生憎その女と所帯を持つ気は無い。
「俺はな、お前達夫婦に店を引き継がせると決めたのだ。俺に子が出来れみろ。色々面倒だぞ」
「何を言うんですか。その時は兄貴のお子が旦那様になるだけですよ。俺は料理人でいればそれで」
「そう簡単に行くかよ。お前の女房は、お前がこの店を引き継げるから夫婦になったんだろ?」
「兄貴、お美代はそんな女じゃないですよ」
彦蔵は肩を竦めてみせ、席を立った。
「戻りは判らん。いいな」
「へい」
◆◇◆◇◆◇◆◇
墓参の帰りだった。時分は既に夕刻である。
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