ふやける頃には

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私にとってお風呂は、泣く場所だ。 今もこうして泣いている。 湯船のお湯を両手で掬って、なるべく大きな音を立てて……バシャリと顔を濡らした手の中で、声を少しだけ出して泣いている。 ラベンダーの香りがする。主人がホワイトデーにくれた入浴剤の匂い。もったいなくて、大切に取っておいた最後の一つ。 「チビのことは俺が寝かし付けるから、ゆっくり入ってきたら?」 そんな言葉に甘えての、久々の一人でのお風呂だった。 結婚して五年。三歳になる息子を保育園に預けてパートを始めた。 ドラッグストアで品出しを三時間。ベテランの“ぬし”に嫌みを言われながら、“お先に失礼します”と店を出て夕食の買い物をして……息子を迎えに行こうとしたところで、足が止まった。 今、あの子が抱き付いてきても笑えないかもしれない。たくさんお話してくれても、返事が出来ないかもしれない。 「疲れてるのかな、私。」家事に子育てに、三時間のパート。きっと皆だってやってることなのに、もっと頑張ってる人はいくらだっているのに。 「行かなきゃ。」唇をきゅっと噛んで、進んだ。途中、コンビニの自動ドアに映った自分を見て、慌てて口角を上げた。 「シュン!」ちょっとだけ声が裏返ってしまったけれど、息子を見た瞬間に名前を呼んでいた。抱き締めていた。 “ママ!”と走って来る息子は変わらずいとおしかったし、安心した。けれど、今日保育園で彼がどんなに楽しかったかは、あまり耳に入らなかった。 そんな夜に、一人のお風呂はありがたかった。温かかった。 「はあー…………」長い息が、蒸気と共に浴室を満たす。その向こうに、私はぼんやりと思いを馳せるのだった。
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