ふやける頃には

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大学の間はシャワーばかりで、一度も湯船には浸からなかった。 講義やバイトで忙しかったし、一人暮らしのアパートのユニットバスは狭くて、とてもそんな気にはなれなかった。 でも卒業して、就職をしてもそれは変わらなかった。引っ越したマンションには、足を伸ばせるバスタブもあったのに。 毎日疲れていた。慣れない仕事に、なれない土地に。 なにもかもに余裕がなくて、心配して電話をくれた恋人にも当たってしまった。彼だって新入社員なのは同じなのに。 “ごめん” 言いたかったのに、「もういい!」って電話を切った。なにが“もういい”んだろう。 私……なにやってるんだろう。 こんな自分に腹が立って腹が立って、悔しくて情けなくて。 地団駄を踏んで、大声を出して……そうして泣けたら、少しはすっきりするのだろうか。 でも、涙一つ出なかった。出すわけにはいかなかった。だって、悪いのは私のほうなのに。 「シャワー、浴びなきゃ。」 呟いて向かった浴室の床の隅が、赤く黴びていた。その日実家から届いた荷物も、開けないままだった。
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