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戻らない日々が幸せで。
共にお風呂に入った時間が特別で。
揺れる透明な水面に、残像が映りそうなほど鮮明であっても。
――永太は、きっと気づかない。
それでいい。それが、いい。
バシャリ、と両手でお湯をすくう。天井に灯ったLEDライトの明かりを手の中に閉じ込めて、また湯船に戻した。
明日は。
泣いてしまうのは母親だろう。いろいろと心配し過ぎて、最近は口数がどんどん増えているから。
難しい顔で、くぎを刺すのは父親だ。勉学に励め、きちんと生活しろ。連絡を忘れるんじゃない、などなど。
そこそこの距離の、少し年の離れた姉なんて、取れる立場は決まっている。
掛ける言葉も、胸にある。
それでも。
ぴん、と小さく水滴が跳ねた。小さな波紋を広げて、すぐに紛れて消えた。
もう一つ。
もう、二つ。
声は出さない。声は、出せない。
永太なら、別にどうにかやっていくだろうし、勉強もまじめにするタイプだ。大体の心配は、杞憂に終わるに違いない。
ずいぶんと大人になったことも、頼もしくなったことも、知っている。
だから、今だけだ。
困った顔は見たくないし、違う自分も見せたくない。
胸の痛みさえ幸せだと、きっと笑えるだろうから。
湯気が満ちて、温かいこの空間にいる間だけ。
雫は、お湯の中へ隠して。
明日は、きっといつも通りに。
まあ――ガンバレ、と。
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